成長できる、変化できる

こころ

樹木は、生きている間はずっと成長し続けるそうです。

庭木や鉢植えの場合は、木が大きくなり過ぎないように芯止めをします。木のてっぺんにあたる中央の太い主幹を切るのです。

そうすると上には伸びにくくなりますが、他の枝が伸びます。横に広がったりします。

木の姿を整えるために剪定が必要になることがありますが、切ったとしても木は常に伸び続けます。季節が来ると先端に新芽を出し、葉が新しくなります。そして古くなった葉は落ち、折れた枝は新しい葉に覆われていきます。

人もそのように、生きている間中、成長し続けることができます。

100歳近いおじいさんが話してくれたことがありました。

学校の先生をしていた方だそうです。学校で学び、職場でも学んだ30年。そして教師として働いた30年。退職した後は、地域のいろいろなボランティアを30年してきました。

新しいことをするたびに、そして人とのかかわりの中でも成長し変化する機会があります。

われは草なり 伸びんとす   で始まる詩があります。    (「われは草なり」高見 順 )

伸びられるとき 伸びんとす

伸びられぬ日は 伸びぬなり

伸びられる日は 伸びるなり

成長したいと思ってもそうできないときもあります。「とき」を待ちながら努力し続けるときに、何かが開けるように感じる「とき」が来ます。そのときには伸びましょう。

成長のときです。変化の時かもしれません。

寒くなると草の成長は緩やかになります。夏のようにぐんぐん伸びてはいきません。

でも冬の野菜は甘くておいしいです。早いだけが良いわけではないようです。

人も、価値のあることを行なおうとすると、骨が折れるし時間もかかるものですよね。

人は、自分が変わろうと思うなら、いつでも変化し成長することができます。

「アドラー心理学」のアドラーが「何歳くらいになったら、性格を変えるのに手遅れですか?」と尋ねられた時「死ぬ1,2日前かな…」と答えたそうです。

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